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ホーム > おすすめイベント情報 一覧 > 和を愉しむ 地唄舞と講談の会
 

和を愉しむ

地唄舞と講談の会

これまでになく「和」=日本的なものに関心が集まっていると感じませんか?日本にいても、知っているようで知らない日本の伝統文化。出会う機会が少ないと感じている方も多いのではないでしょうか。そこで今回【ゆう・えん】では地唄舞と講談の会を企画しました。テーマは「女心」。
上方の座敷舞である地唄舞は最小限の動きの中に女性の深い想いを表現します。東京ではなかなか聴く機会のない生の地唄とともにお楽しみにください。一方、女性講釈師、織音さんの講談は吉原を舞台に花魁の意気地が描かれます。講談は【ゆう・えん】「お江戸まちあるき」の洒脱な解説で大人気のお江戸案内人、山口則彦先生が織音さんのために書き下ろした作品。

行く夏を惜しみつつ、深川・清澄庭園での「和」のひとときをゆったりとお過ごしください。

 

日時 2017年8月20日(日)
  第1部(地唄舞と講談) 10時開場・10時半開演・12時終演
第2部(地唄舞と講談) 14時開場・14時半開演・16時終演
第3部(地唄舞とお食事)18時開場・18時半開演・20時終演  
会場 清澄庭園 涼亭 
江東区清澄3-3-9 TEL 03-3641-5892
都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線「清澄白河」駅下車 徒歩3分
出演

吉村ゆかり(地唄舞)、遍美花子(地唄)、
神田織音(講談・第1部、第2部のみ)
斎藤弘美(司会)

演目

地唄舞  黒髪・文月
講談   笹屋清花(山口則彦作)

料金 第1部・第2部 4,000円 / 第3部 6,000円(お食事付き)
*別途、入園料がかかります。(一般 150円・65歳以上 70円)
*事前のご入金をもってご予約完了とさせていただきます。
<振込先> 口座名義 YU-EN合同会社
みずほ銀行三ノ輪支店(普)1337416
ゆうちょ銀行 記号 10110 番号 99133471
定員 1部・2部(各35名)、3部(15名)
 お問合せ・お申込み

ゆう・えんLLC http://yuen-net.com
〒110-0003 東京都台東区根岸5-19-10-405
info@yuen-net.com  080-1027-5463(斎藤)

お申し込みフォームは こちら から
画像クリックでチラシのPDFをご覧頂けます
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吉村 ゆかり (よしむらゆかり) [地唄舞・上方舞吉村流名取師範]
20代より茶道、着物、歌舞伎など和の文化に親しむなかで、静かな動きで、主にお座敷で舞われる地唄舞に惹かれ、2001年7月に吉村流に入門。04年3月名取、09年10月名取師範が許され、11年5月より東京都文京区に地唄舞教室を開設。一方で、文京アカデミア講座「はじめての地唄舞〜高砂を舞う〜」で講師を務めるなど、地唄舞の魅力を伝える活動を積極的に行っている。
ホームページ http://www.yoshimurayukari.com/

遍 美花子 (あまねみかこ) [地唄]
福島県会津出身。中学1年生(13歳)のときに明治生まれの曾祖父より唄と三味線を習い、お座敷唄に興味を持つ。緋毛氈に黒留袖、大舞台で唄う女流長唄に憧れ、山田流箏・三弦教室に通いはじめる。上京後に始めた長唄では2008年2月に唄方名取となり、その後、生田流三弦、江戸木遣り、端唄の勉強も始める。演奏活動とともに、時間や場所を問わずに気軽に学べるSkypeレッスンによる教室を開設。現在は江戸文化「吉原木遣り」の復活をめざし活動している。

神田 織音 (かんだおりね) [講談]
高校時代から芝居の勉強を始め、約十年芝居に携わる。1999年4月神田香織に入門し、2003年4月二ツ目、11年4月 真打昇進。古典はもちろん、新作も意欲的に取り組み、小説をもとにした文芸もの、自身の体験等をもとにした青春もの、各地の英雄を取り上げた偉人伝ほか、福祉分野に至るまで、講談という手段で幅広い分野を語っている。
ホームページ http://www004.upp.so-net.ne.jp/orine/

地唄舞とは
地唄舞とは日本舞踊の一種で江戸時代後期に上方の御所・茶屋などの室内空間で生まれました。主に大舞台で踊られる日本舞踊に対し、地唄舞はお座敷に蝋燭を灯しゆったりと静かな動きで舞われるため座敷舞ともよばれています。舞の特徴としては、感情を抑制し、内面を繊細に表現しています。演目は能から取った本行物、男女の情愛を主題とした艶物、洒落た味わいのある作物などに分類されます。


清澄庭園(HPより引用)
泉水、築山、枯山水を主体にした「回遊式林泉庭園」です。この造園手法は、江戸時代の大名庭園に用いられたものですが、明治時代の造園にも受けつがれ、清澄庭園によって近代的な完成をみたといわれています。この地の一部は江戸の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡と言い伝えられています。享保年間(1716〜1736年)には、下総国関宿の藩主・久世大和守の下屋敷となり、その頃にある程度庭園が形づくられたようです。明治11年、岩崎弥太郎が、荒廃していたこの邸地を買い取り、社員の慰安や貴賓を招待する場所として庭園造成を計画、明治13年に「深川親睦園」として 一応の竣工をみました。弥太郎の亡きあとも造園工事は進められ、隅田川の水を引いた大泉水を造り、周囲には全国から取り寄せた名石を配して、明治の庭園を 代表する「回遊式林泉庭園」が完成しました。庭園は、昭和54年3月31日に東京都の名勝に指定されています。

池に浮かぶ清澄庭園 涼亭

 

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